0080 年 1 月 5 日 ( 日 ) : 回想1
― ローレン・ゲリンの回顧録より―
私は幼少の折り、母と共にサイド3に住んでいたことがある。
生まれてから母が亡くなるまでの7年間はサイド3に、母が亡くなった後は地球に住む父に引き取られ、以降、地球人として今日まで暮らしてきたのだ。
私は地球に移り住むまで、母が大事に持つ『写真』でしか父の顔を知らなかった。
父は私が2歳の頃までは私達母娘とともにサイド3に住んでいたらしい。
その後なぜ父と母が地球とサイド3に別れ住むようになったかは詳しく聞かされていないが、大人には大人の事情があるのだろう・・・と、当時の私は意外とクールな面を持ち敢えて母を問いただしたことは無かったように思う。
事実、母は父を憎むようではなく大事に写真を持っていたし、私も父に対して思慕こそあれ憎いと思ったことなど無かった。
母が亡くなった当時私は7歳、母の死は突然にやってきた。
―交通事故死だった。
そして奇しくもその日はダイクンの逝去からちょうど1週間後のことである。
母をはねた相手は判らず今もまだ見つかっていない。
一体誰なのか、果たして今でも生きているのだろうか・・・?
当時巷で飛び交う様々な噂もあったらしいが、それは幼い私には知る由も無いことであった。
私は親戚の勧めで地球にいる父に引き取られることとなった。なんでも、母の死を知った父のほうより打診があったそうだ。
幼い私の胸は不安と父に会えることへの期待とで困惑していたが、結局はそうするより私の選ぶ道はなく、母の死後間もなくして生まれ育ったサイド3を後にした。
そして私が地球に移り住んだ翌年、
サイド3は『ジオン共和国』から『ジオン公国』になるのであった・・・。
0080 年 1 月 19 日 ( 日 ) : 回想2
― ローレン・ゲリンの回顧録より―
今日1月19日は私の誕生日である。
誕生日と言えば、6歳の誕生日にこんなことがあった・・・。
看護士として母が務めていた医療センターのドクターの中に、母のナースとしての技量を評価し、母を自分の右腕のように可愛がってくれたドクターが1人いた。
彼は腕利きの有名なドクターらしく、医療センターの外でも偉い政治家などの主治医を務めたりしていたようだ。
したがって私の母も、彼に同行して偉い政治家のお屋敷などを訪ねることがちょくちょくあったらしい。
その日、母は私の誕生日を祝う為にわざわざ休みをとり、私を連れて街へ買い物に出かけたのだった。
ふと、車道より母を呼び止める男の子の声がした。
「レナーテさん、僕だよ、覚えてるかな?」
振り返ると、車道脇に停まっている高級車の後部座席のウィンドウより1人の男の子が顔を乗り出してきた。
男の子の歳は私と同じか、もしかしたらちょっと年上だったかもしれない。
あどけない少年だったがその端正な顔だちと育ちの良さそうな振る舞いに、私は頬を染めてしまったのを覚えている。
「まあ、坊ちゃま!こんなところでお会いするなんて・・・その後お加減はどうですか?」
「もうぜんぜん大丈夫だよ♪ 僕、レナーテさんの言い付けちゃんと守って、お外で遊ぶのもガマンしたんだから!!」
どうやら、母が出入りしているお屋敷の御子息のようだ。後で聞いたところによると、先月急性肺炎を出した折に件のドクターと母の世話になったのだそうだ。
「坊ちゃまは、今日はお出かけでいらっしゃいますか?」
と母が尋ねると、少年は
「僕これから家に帰ってお勉強しなくちゃならないんだ。」
とつまらなそうに口を尖らせて、頬にかかる自分の髪の毛を指先でクルクルといじりはじめた。どうやら、少年のクセらしい。
「ねえ、君の名前はなんて言うの?」
ふいに尋ねられた私は、ちょっと赤面気味に
「ロ、ローレンよ・・・」
と答えた。
「今度レナーテさんと一緒に僕の家に遊びにおいでよ、ね♪」
私はちょっと嬉しかった。『今度』というのがいつになるのかは分からなかったが、もう一度この少年と会えるのだと思うと胸がドキドキした。
しかし、その夢が実現することはなかった・・・。
そして、後に(0079年10月4日)彼は、私の移り住んだ『地球』で命を落とすことになるのだが、そんなことは6歳の私には夢にも予想だにできない事だったのである・・・。
0080 年 2 月 1 日 ( 土 ) : 回想3
― ローレン・ゲリンの回顧録より―
なぜジオン生まれの私が連邦軍に所属しているのか・・・。
単刀直入に言ってしまえば、父が連邦軍に加担していたからである。
私にとって、政治的には『連邦』も『ジオン』も無い。
あんなものは大義名分だ。ジオンの思想を指示するわけでもないが、かと言って連邦のお偉いサンのやり方を指示するかと言えばそうでもない。
ではなぜ軍に身を置くのかというと、
私は『ザビ家を善し』と思わないだけなのである。
後に聞いた話なのだが、私の母の死にはザビ家の陰謀が絡んでいたとの噂が当時あったらしい。当時の記憶をたどって行くと、それはあながち『噂』だけでは無いというのが私自身の結論である。
しかし全てが闇に葬り去られた現在となっては真実を明らかにする手段などなく、
私にできることと言えば、『打倒ザビ家』を信念に戦場へ出ることしかなかったのだ。
父は軍人では無かったが、連邦軍の関連施設で研究に従事していたことは私にとっても好都合だった。意外にも父は私が軍人として戦場に出る事に反対はしなかった。父は私にとっての最大の理解者だったのだ。
私が戦場に出る決心をした時、唯一私の頭をよぎったのは彼の少年のことである。
彼は現在地球に降りているらしい。
ザビ家を倒すということは、イコール彼を倒すということにほかならない。
私は複雑な思いを抱かえつつ、戦場へと向かった・・・。